急速に環境への意識が高まる中で、温室効果ガス排出量の算定・報告に苦慮している企業は多いのではないでしょうか。この記事では、国際的な基準である『GHGプロトコル』について、基本的な概念からスコープ別の算定方法、導入のメリットまで詳しく解説します。GHGプロトコルを理解し、活用につなげていくことで、自社の排出量管理を着実に改善できるでしょう。
GHGプロトコルとは
GHGプロトコルは、企業や組織における温室効果ガス(GHG)排出量の算定と報告のための国際的な基準です。米国の環境シンクタンクであるWorld Resources Institute(WRI)と、持続可能な発展のための世界経済人会議(WBCSD)が共同で開発しました。
GHGプロトコルの主な目的は、GHG排出量の算定と報告の方法を標準化し、国際的に比較可能な形式での情報開示を促進することです。これにより、企業のGHG排出量管理の改善と、気候変動対策への積極的な取り組みを促すことを目指しています。
策定の背景と経緯
1990年代後半から、気候変動問題への関心の高まりとともに、企業のGHG排出量の管理と削減の必要性が認識されるようになりました。しかし、当時は統一された算定・報告基準がなく、企業間の比較が困難な状況でした。
この課題に対応するため、WRIとWBCSDが中心となり、1998年からGHGプロトコルの開発が開始されました。2001年に初版が公表され、その後も改訂を重ねながら、現在では世界的に認知された基準となっています。
GHGプロトコルの特徴
GHGプロトコルの大きな特徴は、GHG排出量を直接排出(Scope 1)、エネルギー起源の間接排出(Scope 2)、その他の間接排出(Scope 3)の3つのカテゴリーに分類していることです。この分類により、企業は自社の排出量だけでなく、サプライチェーン全体での排出量を把握し、管理することが可能になります。
また、GHGプロトコルは算定・報告の5原則(妥当性、完全性、一貫性、透明性、正確性)を定めており、信頼性の高い情報開示を促進しています。これらの特徴により、GHGプロトコルは企業のGHG排出量管理の改善と、ステークホルダーとのコミュニケーションに大きく貢献しています。
関連規格との比較(ISO 14064、SHK制度)
GHGプロトコルと関連する規格として、ISO 14064とわが国の温室効果ガス算定・報告・公表(SHK制度)があります。それぞれの特徴をみてみましょう。
- ISO 14064
- 国際標準化機構(ISO)による任意の国際規格
- GHGプロトコルを参考に作成
- 算定・検証の透明性確保が目的
- 任意の規格であり、法的拘束力はない
- GHGプロトコルと整合性が高い
- SHK制度
- 日本の地球温暖化対策推進法(温対法)に基づく報告制度
- 一定規模以上の事業者に報告を義務付け
- 日本国内の法的義務
- GHGプロトコルと比較して、計算方法や分類基準に一部相違点がある
このように、GHGプロトコルは国際的な自主的ガイドラインとして、企業のGHG排出量管理と情報開示の基盤となっています。ISO 14064や温対法とも一定の整合性を保ちつつ、グローバルな比較可能性を確保しているのが大きな特徴です。
温室効果ガス排出量のスコープ
上述したように、GHGプロトコルでは、企業の温室効果ガス排出量を3つのスコープに分類しています。Scope1は直接排出、Scope2はエネルギー起源の間接排出、Scope3はその他の間接排出を指します。ここではそれぞれのScopeの定義と内容を詳しく見ていきましょう。
Scope1(直接排出)
Scope1は、自社が所有または管理する排出源から直接排出される温室効果ガスを指します。これには、工場のボイラーや炉、社有車両からの排出、工場内での化学品生成時の排出などが含まれます。
具体的な例としては、以下のようなものが挙げられます。
- 工場の燃料使用に伴うCO2排出
- 社用車のガソリン使用によるCO2排出
- 冷媒からのフロン類の漏えい
- 廃棄物の焼却によるCO2排出
Scope1の排出量は、企業の直接的な管理下にある排出源に由来するため、削減対策を立てやすいという特徴があります。例えば、燃料の切り替えや設備の高効率化、社有車のEV化などの対策が考えられます。
Scope2(エネルギー起源の間接排出)
Scope2は、企業が購入したエネルギーの使用に伴う間接的な温室効果ガス排出を指します。具体的には、購入電力や外部から供給される熱エネルギーの利用が該当します。
Scope2の排出量は、エネルギー供給者の排出係数に基づいて算定されます。例えば、電力会社のCO2排出係数を用いて、使用電力量に応じたCO2排出量を計算します。
Scope2の排出削減には、以下のような対策が有効です。
- 再生可能エネルギーの導入や調達
- 省エネルギー設備の導入
- エネルギー管理の徹底
ただし、Scope2の排出量はエネルギー供給者の排出係数に大きく左右されるため、企業単独での削減努力だけでは限界があることにも留意が必要です。
Scope3(その他の間接排出)
Scope3は、Scope1・2以外の間接的な温室効果ガス排出を指します。これには、サプライチェーン全体での排出が含まれ、原材料の調達・輸送時の排出、販売した製品の使用・廃棄時の排出などが該当します。
Scope3の排出量は、企業の事業活動に関連するあらゆる排出を網羅的に捉えるものであり、15のカテゴリーに分類されています。
上流工程での排出
- 購入した製品・サービス
- 原材料や部品の製造に伴う排出
- 資本財
- 設備や建物の建設・製造に伴う排出
- 燃料・エネルギー関連活動
- Scope1・2に含まれない燃料・エネルギーの調達に伴う排出
- 輸送・流通(上流)
- 原材料や製品の輸送に伴う排出
- 事業から出る廃棄物
- 廃棄物の輸送・処理に伴う排出
- 出張
- 従業員の出張に伴う排出
- 雇用者の通勤
- 従業員の通勤に伴う排出
- リース資産(上流)
- 賃借しているオフィスや設備の運用に伴う排出
下流工程での排出
- 輸送・流通(下流)
- 販売した製品の輸送に伴う排出
- 販売した製品の加工
- 中間製品の加工に伴う排出
- 販売した製品の使用
- 販売した製品の使用に伴う排出
- 販売した製品の廃棄
- 販売した製品の廃棄に伴う排出
- リース資産(下流)
- 賃貸している建物や設備の運用に伴う排出
- フランチャイズ
- フランチャイズ加盟店での排出
- 投資
- 投資先での排出
Scope3の排出量算定は、サプライチェーン全体の協力が不可欠です。また、算定の難易度が高く、不確実性も大きいため、優先順位をつけて段階的に取り組むことが重要だと言えるでしょう。
スコープ別排出量の算定方法
GHGプロトコルでは、スコープ別の排出量算定方法が定められています。基本的には、活動量に排出係数を乗じて算出します。
例えば、Scope1の燃料使用に伴うCO2排出量は、以下の式で計算します。
CO2排出量 = 燃料使用量 × 単位発熱量 × 排出係数
Scope2の購入電力に伴うCO2排出量は、以下の式で計算します。
CO2排出量 = 購入電力量 × 電力会社の排出係数
Scope3の排出量算定は、カテゴリーごとに異なる方法が用いられます。例えば、購入した製品・サービスの排出量は、原材料の重量に原単位を乗じて算出します。輸送・流通の排出量は、輸送距離とモード別の原単位を用いて計算します。
いずれのスコープにおいても、活動量データの収集と排出係数の選定が重要なポイントとなります。データの網羅性と信頼性を確保し、適切な排出係数を用いることで、算定の精度を高めることができるでしょう。
GHGプロトコルの算定・報告原則
GHGプロトコルでは、温室効果ガス排出量の算定と報告にあたり、5つの基本原則が定められています。ここからは、それぞれの原則の概要と具体的な適用方法について見ていきましょう。
関連性(Relevance)
関連性の原則は、算定・報告の目的に合致した情報を提供することを求めています。つまり、利用者のニーズや意思決定に資する有用な情報でなければならないということです。
この原則を適用するには、まず算定・報告の目的や想定利用者を明確にすることが重要です。そのうえで、事業の特性や業界の慣行なども考慮しながら、適切な算定範囲(バウンダリ)を設定していきます。
例えば、投資家向けの報告であれば、財務的な重要性の高い排出源に焦点を当てることが求められるでしょう。一方、サプライチェーン全体のマネジメントを目的とする場合は、より広範な排出源を対象とする必要があります。このように、関連性の原則に基づいて、目的に応じた情報を提供していくことが肝要です。
完全性(Completeness)
完全性の原則は、設定した報告範囲における排出量を全て把握し、漏れなく報告することを求めています。これにより、報告の信頼性と透明性が担保されます。
この原則を適用するには、まずは報告範囲に含まれる全ての排出源を特定することから始まります。そのためには、組織図や施設リスト、取引データなどを活用しながら、体系的な洗い出しを行っていく必要があります。
次に、特定した排出源について、データの収集・算定プロセスを確立していきます。計測機器の設置や、データ管理システムの整備なども、完全性の確保には欠かせません。算定に必要な情報が入手できない場合は、合理的な推計方法を用いることも認められています。
さらに、これらのプロセスが確実に実行されるよう、社内の管理体制を構築することも重要です。担当者の任命や、マニュアルの整備、定期的な点検の実施など、実効性のある管理体制を整えることが求められます。
一貫性(Consistency)
一貫性の原則は、毎年同じ方法で算定・報告を行い、経年比較を可能にすることを求めています。これにより、排出量の増減傾向を適切に把握し、削減努力の成果を評価することができます。
この原則を適用するには、まず算定手法や報告様式を標準化することが重要です。毎年同じツールや書式を使用し、計算過程も統一することで、一貫性のある情報開示が可能となります。
また、排出量の増減について、その要因を明確に説明できるようにしておくことも求められます。事業規模の変化や、排出原単位の改善など、定量的な分析を行っておくことが望ましいでしょう。
ただし、算定手法の大幅な変更が避けられない場合もあります。例えば、新たな排出源の追加や、より正確なデータの入手などがあてはまります。そうした場合は、変更内容とその影響について、分かりやすく開示することが求められます。可能であれば、新旧両方の手法で算定を行い、差異を示すことも有効です。
透明性(Transparency)
透明性の原則は、算定・報告の方法と過程を明らかにし、第三者による評価を可能にすることを求めています。これは、報告された情報の信頼性を担保するために欠かせません。
この原則を適用するには、まずは算定の根拠となるデータや仮定条件を明示することが重要です。使用した排出係数や、活動量の把握方法など、計算の前提となる情報は、分かりやすく開示する必要があります。
また、情報の収集・管理体制や、算定プロセスの妥当性を示す工夫も求められます。社内の牽制機能の整備状況や、外部機関による検証の実施状況なども開示することで、信頼性の向上につながるでしょう。
さらに、これらの情報を正確かつ分かりやすく伝えるための工夫も重要です。図表の活用や、専門用語の解説など、読み手に配慮したコミュニケーションが求められます。ウェブサイト等での詳細な情報提供も、透明性の向上に寄与するはずです。
正確性(Accuracy)
正確性の原則は、排出量を可能な限り正確に算定し、その不確実性を低減することを求めています。温室効果ガスの排出量は、地球温暖化対策の基礎となる重要な情報だからです。
この原則を適用するには、まず使用するデータの品質管理が重要です。計測機器の定期的な校正や、データ入力時のチェック体制の整備などにより、誤差の混入を防ぐことが求められます。
また、算定方法の妥当性を確認することも欠かせません。特に、推計による排出量の割合が大きい場合は、その手法の合理性や、影響度合いを評価しておく必要があります。必要に応じて、第三者機関による検証を受けることも有効でしょう。
さらに、算定結果については、その不確実性の度合いを評価し、開示することが重要です。サンプリングデータに基づく推計値であれば、統計的な信頼区間を示すことも一案です。こうした情報を提供することで、利用者が情報の限界を理解し、適切に解釈できるようになります。
GHGプロトコルを導入するメリットと注意点
GHGプロトコルの導入には、様々なメリットがあります。一方で、注意点や課題も存在することもまた事実です。ここでは、GHGプロトコル導入によるメリットと、導入時の注意点について詳しく見ていきましょう。
社会的責任の観点におけるメリット
GHGプロトコルを導入することで、企業は持続可能性や社会的責任の観点で多くのメリットを得ることができます。
例えば、GHGプロトコルでは、企業活動に関わるサプライチェーン全体の温室効果ガス排出量を把握することが可能です。これにより、自社の直接排出だけでなく、原材料の調達から製品の使用、廃棄に至るまでの間接的な排出量も含めて、排出状況を包括的に理解できます。
排出量の全体像を把握することで、企業は削減の対象を明確にし、効果的な対策を実行できます。たとえば、原材料の調達先を変更したり、製品の設計を見直したりすることで、サプライチェーン全体を視野に入れた取り組みが可能になります。こうした取り組みにより、企業は温室効果ガス排出量を削減し、社会や市場からの評価を高めることができるのです。
経営面のメリット
GHGプロトコルの導入は、環境面だけでなく経営面でもメリットをもたらします。ここでは、その主な点について解説します。
GHGプロトコルを導入することで、企業は温室効果ガス排出に関するリスク管理を向上させることができます。排出量の全体像を把握し、削減対象を明確化することで、将来的な規制強化や市場の変化に備えることが可能となります。これにより、企業は環境リスクに対する適応力を高め、持続可能な経営を実現することができるのです。
また、GHGプロトコルに基づく排出量の算定結果は、効率的な削減戦略の立案に活用することができます。具体的なデータに基づいて、費用対効果の高い削減策を優先的に実施することで、限られた経営資源を有効に活用しながら、着実に排出量を削減していくことが可能となります。
さらに、GHGプロトコルの導入は、企業の社会的責任(CSR)の遂行にも寄与します。国際的に認知された基準に則って温室効果ガス排出量を管理し、削減に取り組むことは、企業の環境に対する姿勢を明確に示すことにつながります。これは、ステークホルダーからの信頼獲得や企業イメージの向上にも役立つでしょう。
投資・評価面のメリット
GHGプロトコルの導入は、投資家や取引先からの評価向上にもつながります。ここでは、その点について詳しく説明します。
近年、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資家が増えています。GHGプロトコルに基づく温室効果ガス排出量の管理は、ESG投資家へのアピールポイントとなります。透明性の高い開示と、積極的な削減努力は、企業の環境に対する真摯な姿勢を示すものであり、投資家の信頼獲得につながるでしょう。
また、サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量の管理は、パートナー企業との関係強化にも役立ちます。取引先企業も、自社のサプライチェーンにおける環境負荷に関心を持っています。GHGプロトコルに則った排出量管理は、パートナー企業からの信頼獲得や、長期的な取引関係の構築に寄与するでしょう。
加えて、国際的に認知された基準(GHGプロトコル)に則った排出量の算定と報告は、企業の環境に関する取り組みの透明性と信頼性を高める効果があります。これは、消費者や地域社会からの支持獲得にも役立つでしょう。
GHGプロトコルの課題
GHGプロトコルの導入には、データ収集と算定に関する労力が必要となります。特にScope3の排出量算定では、サプライチェーン全体からのデータ収集が求められるため、関連企業との連携や情報共有体制の構築が不可欠です。これには一定の時間と労力を要することを認識しておく必要があります。
また、GHGプロトコルに基づく排出量の算定には、専門的な知識と技能が求められます。社内に専門人材を確保する以外にも、外部の専門家によるサポートを受けたりするなど、算定の妥当性や正確性を確保するといった観点も念頭に、組織の体制づくりをしていく必要があります。
まとめ
GHGプロトコルは、企業の温室効果ガス排出量の算定と報告に関する国際的な基準です。直接排出であるScope1、エネルギー起源の間接排出であるScope2、その他の間接排出であるScope3の3つに分類し、サプライチェーン全体での排出量の把握を可能にしています。
GHGプロトコルでは、関連性、完全性、一貫性、透明性、正確性の5つの原則に基づいて、排出量の算定と報告を行います。これにより、企業の温室効果ガス排出状況を適切に評価し、効果的な削減対策につなげることができるでしょう。
GHGプロトコルの導入は、社会的責任の観点からだけでなく、経営面や投資・評価面でもメリットを多くのもたらします。一方で、データ収集や算定の労力、専門的な知識の必要性など、注意点等も存在します。企業には、自社の事業特性を踏まえた戦略的な活用が求められます。