温室効果ガス(GHG)排出量の算定・報告は、企業のサステナビリティ推進における主要な課題の一つです。GHGプロトコルと温対法という2つの基準が存在し、それぞれ異なる要件を定めているため、企業は両者の違いを理解し適切に対応する必要があります。この記事では、GHG排出量と温対法の基本的な違いから、実務対応のポイント、算定・報告にいたるまで幅広く解説します。
GHGプロトコルと温対法の違い
はじめに、GHGプロトコルと温対法の基本的な違いについて、制定主体と適用範囲、排出量の分類方法、算定方法、報告・開示要件の4つの観点から詳しく解説していきます。
制定主体と適用範囲の違い
GHGプロトコルは、1998年に世界持続可能な発展のための経済人会議(WBCSD)と世界資源研究所(WRI)によって策定が開始され、2001年に初版が発行された国際的なガイドラインです (参照: 環境省)。これは、全世界の企業を対象とした自主的な基準であり、グローバルな比較可能性を重視しています。
一方、温対法は、1997年の京都議定書を契機として制定された日本国内の法律です。温対法は、年間1,500kl以上のエネルギーを使用する特定排出者を対象とした法的義務であり、対象事業者はこれらの国への報告を義務付けており、国は報告された情報を集計し、公表することとされています。
排出量の分類方法の違い
GHGプロトコルでは、排出量をScope1、Scope2、Scope3の3つに区分しています。Scope1は自社からの直接排出、Scope2はエネルギー起源の間接排出、Scope3はその他の間接排出を指します。この区分により、サプライチェーン全体でのGHG排出量を把握することが可能となります。
温対法では、排出量をエネルギー起源CO2とその他の温室効果ガスに分類しています。エネルギー起源CO2は、燃料使用、電気使用、熱使用による排出を指し、その他の温室効果ガスには、メタン、一酸化二窒素、HFC類、PFC類、SF6、NF3が含まれます。
算定方法の違い
GHGプロトコルでは、サプライチェーン全体での排出量把握を重視し、活動量に排出原単位を乗じて算出する方法を採用しています。また、15のカテゴリーに分類し、グローバル基準での算定手法を提供しています。
温対法では、自社活動による排出量を中心に、法定の計算方法により算出します。エネルギー種別での分類を行い、国内基準での算定手法を用いています。
報告・開示要件の違い
GHGプロトコルでは、自主的な情報開示を推奨しており、国際的な比較可能性を重視しています。ESG投資への対応やCDP等の外部評価への対応を目的とした開示が行われます。
温対法では、法定の報告義務が定められており、特定排出者は、行政機関への報告を電子システムを通じて行う必要があります。
GHGプロトコルと温対法の実務対応
ここまで見てきたように、GHGプロトコルと温対法の2つの基準は、制定主体や適用範囲、排出量の分類方法など、いくつかの点で異なっています。実務対応においても、データ収集範囲や算定プロセスに違いがあります。企業は、自社の事業特性や対象範囲に応じて、適切な対応を行う必要があります。
データ収集範囲の違い
GHGプロトコルと温対法では、データ収集の範囲に大きな違いがあります。
GHGプロトコルでは、サプライチェーン全体での排出量把握が求められます。これには、サプライヤーからのデータ収集、物流・輸送関連のデータ把握、製品のライフサイクル全体での評価が含まれます。グローバルなサプライチェーンを対象とするため、データ収集の範囲は広範となります。
一方、温対法では、自社の直接管理下にある日本国内の事業所や設備からの排出量に焦点が当てられます。主に、国内事業所におけるエネルギー使用量のデータ収集が中心となります。温対法の対象は、自社の直接的な活動に限定されているのが特徴です。
- GHGプロトコル
- サプライヤーデータの収集
- 物流・輸送データの把握
- グローバルサプライチェーン
- 温対法
- 自社設備のデータ
- エネルギー使用量
- 国内事業所の排出量
- 直接管理下の活動
算定プロセスの違い
GHGプロトコルと温対法では、排出量の算定プロセスにも違いがみられます。
GHGプロトコルでは、まず算定対象の範囲設定を行います。次に、各カテゴリーごとにデータを収集し、適切な排出係数を適用して排出量を算出します。最終的に、これらを合算して総排出量を求め、報告書を作成します。GHGプロトコルの算定プロセスは、包括的かつ詳細な手順が特徴といえるでしょう。
温対法では、まず自社の排出源を特定し、エネルギー使用量を集計します。そして、法定の排出係数を用いて排出量を算定し、報告書を作成して行政機関に提出します。温対法の算定プロセスは、国内法に基づいた、正確な算定や手順の実行が求められることが特徴です。
- GHGプロトコル
- 範囲設定
- データ収集
- 排出係数の適用
- 総排出量の算出
- 報告書作成
- 温対法
- 排出源の特定
- エネルギー使用量の集計
- 法定係数の適用
- 報告書の作成
- 行政への提出
GHGプロトコル対応のポイント
GHGプロトコルに対応するためには、いくつかのポイントに留意する必要があります。
まず、スコープ3排出量を含めたサプライチェーン全体での排出量把握が求められる場合があり、サプライヤーとの連携や情報共有がカギを握ります。また、物流・輸送関連のデータ収集や、製品ライフサイクル全体を考慮した評価が必要になる場合もあります。さらに、グローバルな事業展開を行う企業は、各国・地域の状況に応じたデータ収集体制の整備が重要です。
さらに、GHGプロトコルでは、15のカテゴリーに分類された詳細な算定が求められます。各カテゴリーに適した排出係数の選定や、算定方法の適切な適用は厳密に行われなければなりません。専門的な知見を持つ人材の育成や、外部の専門機関との連携も検討すべきでしょう。
温対法対応のポイント
温対法への対応においては、以下のポイントをチェックしましょう。
温対法の対象は自社の日本国内の事業所や設備からの排出量が中心となるため、エネルギー使用量の正確な把握が求められます。エネルギー管理体制の強化や、データ収集の自動化などが有効でしょう。また、法定の計算方法に基づいた算定を行う必要があります。温対法の規定に沿った算定ができるよう、社内の管理体制を整備することは前提です。
温対法では、算定結果を行政機関に報告する義務があります。報告書の作成や提出において、電子システムの利用が求められるため、報告すべき情報を適切に管理し、期限内に提出できる体制を整えることが重要です。また、温対法の改正動向にも注視し、適宜対応を見直していく必要があるでしょう。
企業は、GHGプロトコルと温対法の両基準に対応し、自社に適した排出量管理を行うことが求められています。両基準の違いを理解し、データ収集範囲や算定プロセスの特性に応じた実務対応を進めていきましょう。
GHG排出量算定・報告の目的と意義
地球温暖化対策の一環として、企業のGHG(温室効果ガス)排出量の算定・報告が求められています。ここでは、GHG排出量算定・報告の目的と意義について説明します。
GHG排出量算定の目的
GHG排出量算定の主な目的は、企業活動に伴うGHG排出量を正確に把握することです。これにより、企業は自社のGHG排出状況を認識し、排出量削減のための対策を立案・実行することができます。
また、GHG排出量算定は、国際的な気候変動対策への貢献という側面もあります。パリ協定などの国際枠組みの下、各国が温室効果ガス削減目標を掲げており、企業のGHG排出量算定は、その目標達成に向けた重要な取り組みといえるでしょう。
GHG排出量報告の意義
GHG排出量報告は、算定したGHG排出量を社内外のステークホルダーに開示することを指します。この報告には、大きく分けて2つの意義があります。
1つ目は、ステークホルダーとのコミュニケーションです。GHG排出量報告を通じて、企業は自社のGHG排出状況や削減努力をステークホルダーに伝えることができます。これは、企業の環境への取り組みに対する理解と信頼を得る上で重要な活動といえるでしょう。
2つ目は、社会的責任を果たすことです。現在、企業には環境問題に積極的に取り組む姿勢が求められており、GHG排出量の報告はその責任を果たすために欠かせない取り組みです。特に、投資家をはじめとするステークホルダーが企業の環境対応を重視する傾向が強まっていることから、GHG排出量の報告は企業価値の向上にも貢献します。
GHG排出量管理のメリット
GHG排出量算定・報告を適切に行うことで、企業はさまざまなメリットを享受できます。例えば、以下のようなメリットが挙げられます。
- GHG排出量削減につながるコスト削減効果
- 環境関連法規制への対応力の向上
- ステークホルダーからの評価や信頼の獲得
- 従業員の環境意識の向上とモチベーションアップ
- 企業の評価やブランド価値の向上
このように、GHG排出量管理は、単なる環境対策というだけでなく、企業経営に様々なプラスの効果をもたらすものといえます。特に、昨今の脱炭素社会への移行という大きな潮流の中で、GHG排出量管理は企業の競争力を左右する要素となりつつあります。
GHG排出量算定・報告の課題と注意点
一方で、GHG排出量の算定・報告にはいくつかのポイントがあります。まず、算定に必要なデータの収集や管理は企業にとって重要なプロセスであり、適切なリソースの配分が求められます。特に、サプライチェーン全体でのGHG排出量を把握するためには、取引先との連携が鍵となり、企業間での協力が持続可能なビジネスの構築につながります。
また、算定方法や報告基準には一定の専門性が求められますが、これにより企業は高度な透明性と正確性を持つ報告を実現できます。さらに、GHG排出量報告では、開示内容の信頼性を確保することが重要であり、これを適切に行うことでステークホルダーからの信頼を強固にする機会となります。こうしたプロセスを効率化し、信頼性の高い報告をサポートする炭素会計ツールの活用は、企業価値向上への大きなステップとなります。
まとめ
GHGプロトコルと温対法は、GHG排出量の算定・報告における主要な基準ですが、制定主体や適用範囲、排出量の分類方法、算定方法、報告要件などに違いがあります。企業は両基準の特徴を理解し、自社の事業特性に合わせた対応を行う必要があるでしょう。
GHG排出量算定・報告の目的は、自社の排出状況の正確な把握と、国際的な気候変動対策への貢献です。また、ステークホルダーとのコミュニケーションや社会的責任の遂行という意義もあります。適切な排出量管理は、コスト削減や競争力向上などの様々なメリットをもたらします。
多くの企業にとってグローバル企業の両基準への対応や、GHGプロトコルと温対法の調和化、算定・報告の効率化などが課題として挙げられます。2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、GHG排出量管理はますます重視されるようになっています。