2015年に採択されたパリ協定や、2023年末に開催された気候変動枠組条約第28回締約国会議での取り決めを受け、多くの企業にとって、温室効果ガス(GHG)の排出量算定が喫緊の課題となっています。しかし、サプライチェーン全体で見ると多くの温室効果ガスを排出しているにもかかわらず、その排出の実態すら把握できていないケースも少なくないというのが実情です。
この記事では、GHG排出量の計算方法について、基本的な考え方からScope別の算定手順まで詳しく解説します。GHG排出量を定量的に把握することで、効果的な脱炭素戦略の立案とサプライチェーン全体での環境負荷低減を実現に向けたヒントを得られるでしょう。
GHG排出量が重視されるようになった背景
地球温暖化対策の国際的な枠組みや各国の法規制の変化に伴い、企業にとってGHG排出量の算定と報告が重要になってきています。ここでは、その背景と意義について見ていきましょう。
京都議定書と地球温暖化対策推進法(温対法)
1997年に京都議定書が採択され、翌1998年には日本で「地球温暖化対策の推進に関する法律(温対法)」が成立しました。温対法は2021年3月までに7回の改正が行われ、企業によるGHG排出量の算定、報告、公表に関する電子システムの導入なども盛り込まれています。
温対法では、地球温暖化の主な原因が人為的なGHG排出であることが明記されており、企業活動に伴うGHG排出量の管理と削減が求められるようになりました。
サプライチェーン全体のGHG排出量把握の重要性
企業活動に関連するGHG排出は、自社の直接排出だけでなく、サプライチェーン上の他社からの間接排出も含まれます。サプライチェーン全体で大きな排出量を占める場合も多く、削減の余地が大きいと考えられます。
そのため、サプライチェーン全体のGHG排出量を把握することが、効果的な脱炭素戦略の立案に不可欠となっています。排出量は、Scope1(直接排出)、Scope2(他社から供給されるエネルギーの使用に伴う間接排出)、Scope3(Scope1、2以外の間接排出)に分けて管理されます。
GHG排出量算定・報告・公表制度
温対法に基づき、一定規模以上のエネルギー使用量がある事業者は、GHG排出量の算定・報告・公表が義務付けられています。この制度の対象となる「特定排出者」は、自社の直接排出(Scope1)と間接排出(Scope2)に加え、荷主としての間接排出も含めて報告する必要があります。
- Scope1(直接排出)の算定
自社の事業活動から直接排出されるGHGを対象に、CO2、メタン、一酸化二窒素など7種類のガスについて、地球温暖化係数を用いてCO2換算し、合計排出量を求めます。
- Scope2(間接排出)の算定
他社から供給された電気や熱の使用に伴う間接的なGHG排出量を、使用量に排出係数を乗じて算出します。
- Scope3(その他の間接排出)の算定
サプライチェーン全体でのGHG排出量を15のカテゴリに分け、カテゴリごとに活動量に排出原単位を乗じて算定します。Scope1、2の排出量と合わせることで、バリューチェーン全体の排出量が把握できます。
GHG排出量計算のメリット
続いては、温室効果ガスの排出量を測定し、GHGを正確に把握しておくことのメリットを説明します。
脱炭素戦略の立案と削減対象の明確化
GHG排出量を計算することで、企業は自社の排出状況を正確に把握できます。このデータを基に、どの分野で排出量が多いのか、どこに削減の余地があるのかを分析し、効果的な脱炭素戦略を立案することが可能となります。
例えば、工場における生産工程のエネルギー使用量が多いことが判明すれば、省エネ設備の導入や生産効率の改善などの対策を講じることができます。また、物流部門での排出量が高い場合は、輸送ルートの最適化やモーダルシフトの推進などが有効でしょう。このように、GHG排出量の計算は、削減対象を明確化し、優先順位を付けて対策を実施する上で欠かせません。
サプライヤーとの協働による環境負荷低減
企業のGHG排出量は、自社の活動だけでなく、サプライチェーン全体に及びます。原材料の調達から製品の使用・廃棄に至るまで、さまざまな段階で温室効果ガスが排出されているのです。そのため、サプライチェーン全体のGHG排出量を把握し、サプライヤーと協力して削減に取り組むことが重要です。
GHG排出量の計算によって、サプライチェーン上のどの企業が多くの排出を行っているのかが明らかになります。この情報を基に、サプライヤーと対話を重ね、環境負荷低減に向けた協働体制を構築することができるでしょう。例えば、省エネ技術の共有や、環境に配慮した原材料の調達、再生可能エネルギーの利用拡大など、サプライチェーン全体で脱炭素化を推進する取り組みが可能となります。
ESG投資の獲得とステークホルダーとのコミュニケーション
近年、環境・社会・ガバナンス(ESG)への配慮を重視する投資家が増加しています。企業のGHG排出量は、ESG評価の重要な指標の一つとして注目されており、排出量の開示と削減努力は、投資家からの支持を得る上で欠かせません。
GHG排出量の計算結果を、統合報告書やサステナビリティレポートなどで公表することで、ステークホルダーに対して自社の環境への取り組みをアピールすることができます。排出量の推移や削減目標、具体的な施策などを示すことで、企業の脱炭素経営に対する姿勢を明確に伝えることが可能です。このようなコミュニケーションは、ESG投資の獲得につながるだけでなく、消費者や地域社会からの信頼醸成にも役立つでしょう。
GHG排出量の計算方法
先述したとおり、GHG排出量の計算範囲は、大きく3つのスコープに分けられます。計算をする前に改めてそれぞれの定義を確認しておきましょう。
Scope1は企業の自社活動から直接排出されるGHG、Scope2は他社から供給される電気や熱の使用に伴う間接排出を指します。そしてScope3は、Scope1、2を含むサプライチェーン全体の排出量を表しています。
Scope1
Scope1の算定では、企業の自社活動から直接排出される二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素などの温室効果ガスを対象とします。これらの排出量に地球温暖化係数を乗じてCO2換算を行い、GHG総排出量を算出します。
具体的には、燃料の燃焼や工業プロセスからの排出量を積み上げていきます。使用したエネルギーの種類と量、生産量などのデータを基に、排出量を計算します。
Scope2
Scope2は、他社から供給される電気や熱の使用に伴う間接排出量を指します。計算方法は、活動量である電気使用量などに排出係数を乗じるというシンプルなものです。
ただし、排出係数には地域差があるため、企業の拠点ごとに適切な係数を選ぶ必要があります。また、再生可能エネルギー由来の電力を使用している場合は、その分を控除することができます。
Scope3
Scope3は、Scope1、2を含むサプライチェーン全体の排出量を表しています。その範囲の広さから、15のカテゴリに分類され、各カテゴリごとに排出量を算出します。
Scope3の計算では、活動量に排出原単位を乗じるという方法が一般的です。例えば、購入した原材料の重量に、その原材料の製造に関する排出原単位をかけ合わせるといった具合です。
Scope3は企業によって排出源が大きく異なるため、状況に合わせた計算が重要です。サプライヤーからのデータ収集には、信頼関係の構築と双方の排出量測定に向けた努力が不可欠です。
排出量のCO2換算と地球温暖化係数
GHG排出量を算定する際、CO2以外の温室効果ガスについてはCO2換算を行う必要があります。これは、各ガスの地球温暖化係数(GWP)を用いて、CO2の量に換算するプロセスです。
地球温暖化係数とは、各ガスの温室効果の強さを表す指標で、CO2を1とした場合の比率で表されます。例えばメタンのGWPは25なので、1トンのメタン排出はCO2換算で25トンとカウントされます。
- 各GHGの排出量を把握
CO2、メタン、一酸化二窒素など、GHGごとの排出量を算定します。
- 地球温暖化係数(GWP)を確認
各GHGのGWPを調べます。CO2が1、メタンが25、一酸化二窒素が298など。
- CO2換算値を計算
各GHGの排出量にGWPを乗じて、CO2換算値を求めます。
- CO2換算値を合算
各GHGのCO2換算値を合計して、GHG総排出量(CO2換算)を算出します。
このようにしてGHG排出量をCO2換算することで、企業は自社のGHG排出の全体像を数値化し、把握することができるのです。
GHG排出量の算定について、法的な面から見てみましょう。エネルギー使用量合計が年間1,500kl以上の特定排出者については、温対法に基づき、自社のGHG排出量(Scope1、2)と荷主による間接排出量の報告が義務付けられています。
Scope3の算定・報告は現時点では義務化されていませんが、サプライチェーン全体の排出量を把握することは脱炭素経営に欠かせないため、積極的な取り組みが推奨されています。
GHG排出量計算の課題と対策
企業にとって、温室効果ガス(GHG)の排出量を正確に算定し、削減に向けた取り組みを進めていくことは、現代社会におけるサステナブル経営の重要な柱の一つと言えるでしょう。しかし、GHG排出量の計算には様々な課題があります。
ここでは、GHG排出量算定における主要な課題と、それに対する効果的な対策について詳しく見ていきましょう。
データ収集・情報管理
GHG排出量を正確に算定するためには、企業活動に関わる膨大なデータを収集・整理する必要があります。エネルギー使用量、原材料調達量、廃棄物発生量など、様々な情報を網羅的に把握しなければなりません。
特に、グローバルに事業を展開する企業の場合、世界各地の拠点からデータを収集するのは容易ではありません。また、得られたデータを一元管理し、効率的に分析できる体制を整えることも重要です。
- データ収集・管理のためのIT基盤を整備する
- 各拠点の担当者を明確にし、報告体制を確立する
- データの信頼性を担保するためのチェック機能を設ける
データ収集・管理の仕組みづくりが、GHG排出量算定の第一歩です。
サプライチェーン全体の協力体制構築
企業活動に伴うGHG排出は、自社の事業所だけでなく、原材料の調達先や製品の使用・廃棄段階など、サプライチェーン全体に及びます。したがって、サプライヤーや物流会社など、関係するステークホルダーとの協力が不可欠です。
- サプライチェーン上のGHG排出実態を把握する
自社だけでなく、サプライヤーや物流会社などのGHG排出状況も把握します。Scope3の算定が重要です。
- サプライチェーン全体で削減目標を共有する
自社の削減目標だけでなく、サプライチェーン全体で目標を設定し、協力して取り組みます。
- 協力体制の枠組みを構築する
定期的な情報交換の場を設けたり、優良事例の共有を図るなど、協力体制を整えます。
サプライチェーン全体でGHG排出量削減に取り組むことで、より大きな効果を生み出すことができるはずです。
排出量算定の精度向上
GHG排出量の算定には、活動量に排出係数を乗じるなど、一定の計算式が用いられます。しかし、排出係数の設定によっては、算定結果が大きく変わることもあります。
また、算定の根拠となるデータの出所や計算過程が不明確だと、第三者による検証が難しくなります。排出量の数値だけでなく、算定方法の妥当性やデータの透明性を担保することが重要です。
排出係数の設定は、国や業界団体が定める標準的な係数を利用するのが基本です。ただし、自社独自の係数を用いる場合は、その算出方法を明確にする必要があります。
GHG排出量の算定は、単に数値を求めるだけでなく、その信頼性を高める工夫が求められます。自社の取り組みへの説得力を高め、ステークホルダーの理解と共感を得るためにも、算定プロセスの可視化と精度向上に努めましょう。
まとめ
温室効果ガス(GHG)排出量の算定は、企業にとって喫緊の課題です。京都議定書と温対法の成立以降、自社だけでなくサプライチェーン全体の排出量を把握し、削減に取り組むことが求められています。
GHG排出量を定量的に把握することで、脱炭素戦略の立案、サプライヤーとの協働、ESG投資の獲得など、多くのメリットが期待できます。計算にあたっては、Scope1、2、3の範囲を正しく理解し、算定方法に基づいて着実に数値化していくことが肝要でしょう。
GHG排出量の算定には、データ収集の難しさ、サプライチェーン全体の協力体制構築、算定精度の向上など、克服すべき課題もあります。しかし、これらの課題に真摯に向き合い、排出量の見える化を進めることこそが、持続可能な企業成長につながります。