サステナビリティへの移行は、金融機関を含むあらゆる業種の企業にとって避けられない課題です。金融機関は、直接的に大量のGHG(温室効果ガス)を排出することはないかもしれません。しかし、投融資先企業から、または投融資関連の活動を通じて間接的に環境負荷をもたらしています。気候関連情報の開示報告業務が任意から規制へと移行する中、気候関連データを財務データとして扱うことの重要性が明らかに高まっています。金融機関や企業が今後、こうした状況に対応していくためには、まず自社のGHG排出量の内訳を理解する必要があります。本記事では、「排出量プロファイル」という概念を紹介します。その重要性を説明した上で、金融機関が取り組むべきことを提言します。
「排出量プロファイル」とは?
排出量プロファイル(自社のGHG排出量の内訳)は、排出源となっている様々な事業活動を理解するための最初のロードマップとなるものです。プロファイルを理解することで、総排出量の算定に必要な財務データおよび事業活動データに関する洞察が得られます。
排出量プロファイルを理解することは、アセットオーナー(LP)と資産運用会社(GP)の双方にとって極めて重要です。特にリスク評価における有用性が高いことから、多くの組織がGHG排出量を算定する際の最初のステップの一つとして、排出量プロファイルの理解を行っています。そこから得た洞察をもとに、「ネットゼロ」や「ポートフォリオ脱炭素化」に向けた施策の優先順位を決定することができます。
自組織の排出量プロファイルを理解することは、特に規制遵守の段階において重要となりますが、他の場面でも役に立ちます。例えば、排出量プロファイルをベンチマークツールとして活用すれば、同業他社との比較や、気候関連目標の推進、個々の事業活動に最も適した対策の特定などに役立ちます。また、排出量プロファイルを理解することは、サステナビリティを踏まえた戦略的事業計画の策定、業界標準との比較と適合、さらには個々の顧客の気候関連ニーズへの対応、といった面でも有用です。
金融機関における排出量プロファイルの理解
通常、金融機関は直接的および間接的なGHGを排出しており、その排出量プロファイルには複数の項目が含まれます。金融機関に限らず、企業がGHG排出量を算定する際は、1998年に制定され、現在事実上のGHG排出量算定国際基準となっているGHGプロトコル に従うのが最も一般的です。GHGプロトコルでは、企業が報告すべき排出量を「スコープ1」「スコープ2」「スコープ3」という3つのスコープに分類しています。
- スコープ2排出量: 組織が購入して使用する電気、温熱、冷熱が生成される際に生じる間接排出量。 組織が直接所有または管理してはいないが、組織のエネルギー消費に関係する活動から生じる排出量です。
- スコープ1排出量: 組織が所有または管理する排出源からの直接排出量。 会社が所有する車両、ボイラー、その他の装置・設備での化石燃料の燃焼といった活動からの排出量が含まれます。
金融サービス業界の排出量の中で最も複雑かつボリュームが大きいカテゴリは、一般的にスコープ3となります。スコープ3は、組織の事業活動外で発生する間接排出量が範囲となりますが、とはいえ自社の活動にも紐づくものとなります。 サプライチェーンでの活動、物品の輸送、雇用者の通勤、出張、廃棄物処理などに伴い、バリューチェーン全体から生じる排出量が含まれます。 例えば、金融機関が化石燃料に依存した業種の企業に投資や融資をしている場合、その企業の排出は、該当金融機関のカテゴリ15排出量として排出量プロファイルに含まれることになります。
下図は、こうした排出源を重要性に応じて色分けしたものです。
- 黄色:重要な排出源
- 灰色:重要となり得る排出源
- 白:重要でないと思われる排出源
金融機関が注意すべきなのは、スコープ1と2の排出量の算定・対応に過度に注力しないようにすることです。なぜなら、金融機関の排出量の大部分は(ほとんどの場合)、スコープ3カテゴリ15、つまり投融資先の排出量に起因するからです。CDPの2020年データによると、金融機関のカテゴリ15排出量は、直接排出量(スコープ1)のなんと700倍以上となります。
投融資先の排出量(カテゴリ15)の算定
投融資先の排出量とは、融資や投資など、組織の金融活動に伴うGHG排出量を指します。投融資先の排出量は、金融機関が様々な業種(エネルギー、輸送、サービスなど)に割り当てた資本と紐づいています。金融機関は投融資先の排出量を理解・管理して初めて、自社ポートフォリオのGHG排出量削減に取り組むことができ、世界的な脱炭素目標の実現に貢献することができるのです。
投融資先の排出量は、例えば以下のように、様々な視点から捉えることができます。
- ポートフォリオ全体 :金融機関の投資ポートフォリオ全体の総排出量です。金融機関の投融資業務、その他の金融商品に起因するすべての排出量が対象となります。ポートフォリオ全体の排出量を算定することで、金融機関が気候変動に与える影響を総合的に把握することができます。
- 業種ごと:多額の投資を行っている特定の業種に焦点を当てて排出量を捉えます。業種ごとの排出量を分析することで、特に影響の大きい分野を特定し、集中的に排出量削減に取り組むことが可能になります。
投融資先の排出量の算定に関しては、PCAF(金融向け炭素会計パートナーシップ)が、標準的な算定ガイダンスを提供しています。PCAFの手法は、GHGプロトコルの企業のサプライチェーン(スコープ3)の算定・報告基準の中でも特に「カテゴリ15:投資」と整合性を持って構築されています。PCAFはTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)にも承認されています。特筆すべき点は、PCAFが以下のような様々な資産クラスについて、投融資先の排出量の算定方法を詳細に示していることです。
- 上場株式・社債:上場株式および債券に関連する排出量
- ビジネスローン・非上場株式:民間融資および事業における持ち分に関連する排出量
- プロジェクトファイナンス:長期的なインフラや産業プロジェクトへの投融資に関連する排出量
- 商業用不動産:事業目的のみに使用される不動産に関連する排出量
- 住宅ローン:居住用不動産のための融資に関連する排出量
- 自動車ローン:自家用車または商用車のための融資に関連する排出量
PCAFの手法は国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)基準にも組み込まれているので、今後も、気候変動やサステナビリティに関する国際的な会計基準の策定、および各国における同様の基準の策定に影響を与え続けるでしょう。
投融資先の排出量の算定方法を簡単に説明しましょう。まず始めに、対象となる企業の事業、プロジェクト、資産の価値のうち、金融機関のサービスに紐づく部分を特定します。そして、該当する投融資などの割合を特定の事業、プロジェクト、資産のGHG排出量に適用します。その際、できれば投融資関連の実数値データを使用することが望ましいですが、それが難しい場合は、その他の事業活動データや業種に紐づくデータ、または排出代替係数を用いることで、ある程度適切な推計値を得ることができます。
金融機関の事業におけるGHG排出量の算定
金融機関の事業に紐づくGHG排出量の算定は比較的シンプルです。通常は、以下の手順で算定を進めます。
- スコープ1:社有車(あれば)の使用、および暖房のための天然ガス燃焼による排出量を算定します。
- スコープ2:購入した電気の使用による排出量を算定します。通常は、電気料金の請求書に記載された電力消費量(MWh - メガワット時)から算定できます。
- スコープ3(カテゴリ15以外):航空機での出張に紐づく排出量などが一般的です。上流の「購入した物品・ サービス」が該当する場合もありますが、カテゴリ15以外の排出量は、通常比較的少ない場合がほとんどです。
- スコープ3(カテゴリ15):最後に、最も重要なカテゴリ15「投融資先の排出量」を算定します。
金融機関のスコープ1、2、3排出量を算定する最も信頼性の高い方法は、GHG排出量算定・報告ソフトウェアを使用することです。手作業によるミスが防げるほか、作業履歴の参照、監査への対応、適切な算定方式の適用、などが可能になります。パーセフォニのソフトウェアは、金融機関に特化した機能が充実しており、カテゴリ15を含むスコープ1、2、3すべての排出量を同プラットフォーム内で算定・管理できるため、金融機関にとって非常に便利だと言えます。もちろん、GHGプロトコルとPCAFの基準を搭載しているので、これらの基準に準拠した算定が行え、安心です。
金融機関は気候リスクにどのように対応すべきか?
金融機関の排出量プロファイルが示す通り、気候リスクは金融機関にとっても、真剣に捉えるべき問題です。金融機関は、自らが直面する気候リスクを把握した上で、適切な軽減策を講じる必要があるでしょう。
金融機関がどのようにして気候リスクに対応すべきか。以下、3つのキーポイントをまとめました。
- 透明性を重視する:資産運用会社に対し、投資先企業の排出量を開示するよう求める声は日に日に高まっています。また、投資家が金融機関に対し、自社排出量を明らかにした上で、低減策を講じるよう要求する事例も増えています。こうした求めに応じられない金融機関は、投資家を失うリスクがあります。排出量データの透明性を確保することで、ステークホルダーと信頼関係を築き、価値観を共有することができます。
- 業界標準に従って排出量を算定する:始めにスコープ1、2の排出量、そしてスコープ3の該当カテゴリの排出量を算定します。カテゴリ15(投融資先の排出量)の算定には、様々なツールや手法を用いることができますが、金融機関にとって最も一般的な基準はPCAFとなります。
- 投融資先の排出量削減を優先する:金融機関の排出量の大部分は投資によるもの、すなわちスコープ3カテゴリ15の排出量です。つまり、金融機関としては、ポートフォリオの脱炭素化に取り組むことこそが、自社の排出量を削減する最大のチャンスとなります。
業界標準に従ってGHG排出量を正確に算定するには、どの排出源データを収集すればいいのか。そうした疑問を解決したい組織にとって、排出量プロファイルを理解することは欠かせません。気候関連の情報開示規制がますます厳格化する中、信頼性の高いGHG算定・管理システムを備え、自社の取り組みとデータ完全性を実証できるかどうかが、最大のリスクヘッジとなります。パーセフォニでは、気候関連情報の専門家がお客様に寄り添い、個別の事業内容、報告要件、気候目標に合った形でGHG排出量の算定と報告をお手伝いしています。パーセフォニは当社のプラットフォームを通じ、お客様がGHG排出量算定を厳密に実行し、堅実なデータ管理を包括的に行っていくことを支援しています。