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<メディア問い合わせ先>パーセフォニ・ジャパン 武藤 伸之 reply-japan@persefoni.com
「炭素の社会的コスト(炭素価格)」のお値段は?
温室効果ガス1トンの価格はいくらになるのでしょうか? これは、政治家や利害関係者を長年煩わせている問題です。「炭素の社会的コスト(炭素価格)」とも呼ばれるこの概念の定義を簡潔にまとめると、
”大気中に1トンの炭素が加わった場合、それによって生じる気候変動が原因となる損害コスト”
となります。
結局いくらになるのか?、については、世界中の研究者が日夜あれこれ推定している最中です。
ではなぜ「炭素の社会的コスト」を確定させる必要があるのか?
政府が炭素税額を設定する場合や、あらゆる気候政策の経済的影響を算出する場合に、鍵となる数値になるからです。
また、企業が気候関連の投資をした際のリターンを予測するのにも使用されています。現在、米国政府は「炭素の社会的コスト」を1トンあたり51ドルと見積もっていますが、『ネイチャー』誌が発表した最近の研究によると、この価格は将来もっと高くなるはずだと示唆しています。
最新の技術とデータを用いた『ネイチャー』の分析によれば、実質的な「炭素の社会的コスト」は1トンあたり185ドルと推定されており、現在の見積もり額の実に3.6倍にもなり得るということです。
今回発表されたこの新しい数字は、今後、企業や政府が行う費用対効果の分析に大きな影響を与えるかもしれません。『ネイチャー』の研究責任者であるケビン・レナート氏によれば、「”炭素1トンあたりの損害コスト(=炭素価格)”が、これまでいかに低く見積もられていたか、私たちの最新の数値が物語っています。逆に言うと、地球温暖化汚染を削減するための政府や関係機関のこれまでの対策・努力は、私たちが考えていた以上に価値があることだったのです」と述べています。
環境対策 イコール 経済対策
”炭素1トンあたりの損害コスト”は、あくまで理論上の数値にはなりますが、一方で、面白い統計結果も出ています。世界中で集計されたデータによると、排出量を削減している国ほど高い経済成長率を誇っている、という事実が浮かび上がったのです。
下のグラフをご覧ください。この事実(データ)は、気候変動対策が経済に悪影響を及ぼすという風評をくつがえすだけでなく、実は経済成長と炭素削減には重大な相関関係があるこを教えてくれています。
また、このデータは、米国で先日可決された「インフレ抑制法案(IRA)」や、他の同様の政策がクリーンエネルギー投資を促進する、という仮説を後押しするものでもあります。
仮説が正しいことを証明する事例として、バイデン大統領が「インフレ抑制法案(IRA)」に署名したすぐ後、トヨタがノースカロライナ州にあるリチウム電池工場に電気自動車生産を支援するための25億ドルの投資を発表したことが挙げられます。また、ファーストソーラー社も、オハイオ州の太陽光発電製造工場に12億ドルの投資をすることを発表しました。
イデオロギー vs 経済的利己主義
気候政策と経済成長を結びつけるポジティブなデータがある一方で、テキサス州やフロリダ州は、ESGムーブメントに反対する「アンチ・ウォーク(多様性の拒否)」運動を先導しています。
フロリダ州知事のロン・デサンティス氏は、「ウォーク・キャピタル(多様性のある資本)からフロリダ市民を守る」と宣言し、実際に、州のファンドがESGを推進するの投資先(ブラックロック社のような)に投資することを禁止しています。
これに対し、ブラックロックの渉外部長であるダリア・ブラス氏は、「当社は、定年退職のために貯蓄をする市民に対して責任を負っています。つまり、年金制度を質の高い投資で運用することが当社の責任なのです。しかし、デサンティス氏の政治政策により、この運用方針がままならず遺憾に感じています。この政策は、結果的に年金受給者の財政的リターンを損ねるものなのです」と発言しています。
リベラル派の政治家で実業家のマイケル・ブルームバーグ氏もブラックロック社の発言に同意して、「”ウォーク・キャピタリズム(多様性の資本主義)”という言葉を使ってデサンティス氏を擁護している評論家の連中がいますね。一つ問題があるんですよ。彼らは資本主義そのものを理解していないんですよね」と述べています。
テキサス州は「MSCI ESGレーティング(ESGの評価基準)」を逆の意味で利用して、ESGに積極的な企業への投資をボイコットしたことについて非難を浴びています。ニューヨーク大学スターン・ビジネススクール教授のアリソン・テイラー氏は、テキサス州の決定について「まったくどうかしています」と批判し、「反ESGを掲げた投資活動というのは矛盾してるのです。つまり、”ガバナンスが弱い不良企業に投資をしてリターンを得ます”と言っているのと同じことなんですよ」と述べています。
ペンシルバニア大学ウォートン・スクール・オブ・ビジネスは、テキサス州が行ったESGへの攻撃は、自らの州に3億300万ドルから5億3200万ドルの損失という痛いしっぺ返しをもたらすという試算を発表しています。
気候変動がもたらす食糧危機
気候変動が世界の穀倉地帯に大打撃を与えています。米国、中東、そして欧州で発生している熱波と干ばつが作物の収穫量を大幅に減少させています。ヨーロッパでは高温被害により、トウモロコシ、ヒマワリ、大豆などの収穫量が10%近く減少しました。また、米国では記録的な高温の影響で、作物に被害を与える害虫(アメリカタバコガなど)が、通常よりもはるか北に生息地域を広げている、という報告も出ています。
アメリカタバコガは、北緯 40 度以北の地域では通常なら生存できません。しかし、ノースカロライナ州立大学の新しい研究によれば、近年の温暖化により害虫の生存範囲が広がっているとのことです。この研究報告書の共同執筆者であるアンダース・ハセス氏は「悪い前兆を害虫が知らせてくれているようなものです」と述べています。今回の研究報告書は、2018年に発表されたワシントン大学の研究報告をベースに行われました。当時2018年の研究では、「2C(3.6F)の温度上昇が、昆虫の増殖と彼らの食欲の増進に繋がるだろう、結果、害虫被害が、小麦では50%、トウモロコシでは30%増大することになるだろう」と報告されていました。
中東では、干ばつの被害により何千人もの農民がイラクの穀倉地帯を放棄せざるを得なくなっています。イラク最大の小麦生産地である地域ニネヴェの農業専門家は、同地域の耕作地の90%が降雨不足による砂漠化の被害を受けていると推定しています。この地域の灌漑システムの多くが近年の紛争で破壊されたことも、人口の流出に拍車をかけています。
異常な熱波の影響は、野菜の外見にも出ています。干ばつに見舞われた農地で普通とは違う形をした野菜が急増しているのです。スーパーマーケットや消費者は、このような形の野菜を欲しがるでしょうか?もし消費されなければ、温室効果ガス排出の原因となる食品廃棄物が増えることになると、農家の人々は訴えています。
企業のカーボンニュートラル目標の行方は・・・
2022年11月にエジプトで開催される国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)に先立ち、CDPと大手グローバル経営コンサルティング会社オリバー・ワイマンは、共同で最新の分析結果を発表しました。
これによると、現状、一般に公表されている各企業のカーボンニュートラル目標(排出量削減目標)を考慮する限り、今のままではパリ協定で定められた1.5℃目標には到達できないということです。また、G7加盟諸国の企業に限ったカーボンニュートラル目標(排出量削減目標)を考慮した場合、2050年までの推定気温上昇は2.7℃(産業革命以前の水準との比較)となり、パリ協定目標のほぼ2倍に上ることが明らかになりました。
(CDP:Carbon Disclosure Projectの略。英国の慈善団体が管理するNGOで、環境問題に対する企業の取り組みを調査している団体)
カーボンニュートラルのリアル
上記の(あまり好ましくない)分析結果は、「CDPの気温レーティング指標」(企業のカーボンニュートラル目標の妥当性を測る指標)に基づいて導き出されたものです。「CDPの気温レーティング指標」では、パリ協定(1.5℃シナリオ)に準じてシナリオを作成した企業は1.5℃のスコアを獲得できましたが、非現実的な目標シナリオを設定した企業のスコアは、3.2℃となっています。
多くの企業が科学的根拠に基づく信頼性の高い目標シナリオを設定し、公表しているのは事実です。しかし、CDPは「的確な目標シナリオ設定を採用している企業の数はまだ十分ではありません。しかも、しっかりした目標シナリオ設定している企業でさえ、排出量削減計画に意欲的に取り組んでいるとは言えません」と辛口の意見を述べています。
今回の調査結果は、COP27で再び注目を浴びることになるでしょう。企業に対し、排出量削減計画に真剣に取り組むことを促す絶好の資料となりえます。
今週の主なESGニュースまとめ:いっき読み
スウェイツ氷河は世界滅亡をぎりぎりで食い止めているのでしょうか?南極大陸のスウェイツ氷河は「破滅氷河」と呼ばれています。融解が進行すれば地球全体の海面が数フィート上昇する危険性がある重要な氷河だからです。最近の研究では、氷河の下面が溶け始めていることが分かり、急速に融解が進む可能性が高いことが判明しました。(元記事リンク)
国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)のエマニュエル・フェイバー議長は、ESG情報開示基準が複数存在し、ダブルマテリアリティ基準とシングルマテリアリティ基準が互いに牽制しあっている状況について「現実を見ることが大切です。机上の空論は役に立ちません」と、基準統一を希望する見解を述べました。(元記事リンク)
(ダブルマテリアリティとは、「財務的マテリアリティ」と「環境・社会マテリアリティ」との相互関係を検討する考え、一方、シングルマテリアリティは「財務的マテリアリティ」のみを重視する考え)米国の環境保全監視組織Ceres (Coalition for Environmentally Responsible Economies) 代表のミンディ・ラバー氏は、州と金融サービス業界の間で起こっている「ウォーク(多様性歓迎)」vs「アンチ・ウォーク(多様性の拒否)」の争いを静めるべく、ESGの経済的・道徳的必要性をまとめた文書を発表しました。(元記事リンク)
私(ティム・モーヒン)は今週、Campaign Asia(キャンペーン・アジア)社から依頼を受け、アドバイスを提供しました。同社は、サステナビリティスコアの向上に取り組んでいるのですが、複数のサステナビリティ指標が一貫性を欠くため、どれを基準に進めていけばいいか、悩みの種になっていたのです。サステナビリティ指標が明確になっていなことが事業の妨げになっているという意見は、コルゲート・パーもリーブ社など、複数の企業から声が上がっています。(元記事リンク)
米国最大級の公的年金基金であるカリフォルニア州教職員退職年金制度(The California State Teachers’ Retirement System: CalSTRS)は、3000億ドル超のポートフォリオの温室効果ガス排出量を2030年までに半減させることを決定しました。これは、2050年までに温室効果ガス排出量ゼロのポートフォリオを実現するための中間目標となります。取締役副会長のシャロン・ヘンドリックスは「私たちは、排出量削減のための活動を強化し、低炭素ソリューション企業への投資を拡大します。グローバル経済のネットゼロへの移行を加速させるため、私たち自身が積極的に脱炭素化に取り組むことで、世界に良い影響を与えたいと思います」と述べました。(元記事リンク)
中国では、過去最も厳しい熱波と最低の降水量が報告されました。中国では2カ月にわたる熱波により、61年ぶりの最高気温を更新し、観測史上3番目に低い降水量が記録されました。これにより、干ばつ、電力不足、森林火災、農作物の破壊などが各地で発生しています。(元記事リンク)
●ティムの厳選ESGニュース バックナンバー●
「パキスタンの洪水、カリフォルニアの規制、そしてジョン・オリバーは笑う」
「米最高裁がESG推進に有利な判決」
カーボンニュートラルを目指す政財界の動き」
■著者ティム・モーヒン プロフィール■
パーセフォニの最高サステナビリティ責任者(CSO)
世界的に有名なサステナビリティ/ ESGの専門家 インテル社、アップル社、アドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)社において、サステナビリティ業務を担当。米環境保護庁(EPA)および米国上院において大気浄化法(CAA)を含む環境政策の策定を主導した経歴を持つ。パーセフォニ参画以前は、世界最大のESG標準化団体である『GRI(Global Reporting Initiative)』のCEOを務める。
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